地方公演ページ「2007」
![]() |
瞽女さ、きてくんない
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| {スタッフ} | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
第一幕 1919(大正八)年五月十三日. 高田市大龍山天林寺では、瞽女たちの年に一度の祭りともいうべき妙音講が執り行われていた。 儀式も終わり、瞽女たちが無礼講となっている中、境内の影に身を潜めている一人の瞽女がいた。 森脇家にいたが、掟を破り、今ははなれ瞽女となったツゲで ある。 懐かしさの余り来てしまったのだが、親方ふきは冷たく突き放す。ツゲを慕っていた牡丹たちも、掟の前にどうすることも出 来なかった。 半月後、森脇家はとある漁師町を訪れた。ふきは、瞽女宿の女主人の紹介で、よし江という盲目の少女を貰いうける。 母親と別れ瞽女となるよし江に、牡丹は幼い頃の自分を重ねるのだった。それは、病のために幼くして失明し、母に置き去りに された日の姿だった。 その夜、瞽女宿は、年に一度のふき達の訪れを喜ぶ浜の人々で賑わった。三味線の音と瞽女唄が高まる中、牡丹は思いがけな い人物と出会うのだった……。 第二幕 1928(大正十五)年、牡丹が親方となってから七年の歳月が経ち、幼かったよし江も「名替え」し、すずと名付けられる。 1944(昭和十九)年、信州と越後の国境方面に旅に出た牡丹達であったが、戦況の悪化は銃後の生活にも影を落としていた。 宿を断られたり、米を取り上げられたりと、瞽女の生活を支えていた基盤は大きく揺らいでいたのである。 村の男達が、次々と兵隊に取られては姿を変えて帰還する姿にも、牡丹達はただ祈るしかなかった。 そして、終戦から18年後の1963(昭和三八)年、東京オリンピックを翌年に控えて、日本は沸き上がっていた。 豊かな生活に向かってひた走る社会に、もはや瞽女たちの居場所はなかった。 そのような中で、牡丹たちは最後の旅に出る決心をする……。 企画・演出: 瞽女とは、明治〜大正時代に盲目の女旅芸人のことで、当時、一人では生きていくのが困難な盲目の女性たちが、 瞽女として一座を組み、唄や三味線、語りを生業として地方の農村を巡演し、生活の糧を得ていたとされています。 しかし、時代が昭和に移り、戦後の高度経済成長による農村の変革の中で、瞽女の存在はいつしか減少し、今はその姿を見ることはありません。 現在の日本は、瞽女さんたちの活躍していた時代とは比較にならないほど豊かになりました。 ですが一方、瞽女さんたちを始めとする、かつての日本人が持っていた『結(ゆい)の精神』、皆で支え合い励まし合い、 道をまっとうしようとする、厳しく慎ましくも豊かな心は、時代とともに失われていると思えてなりません。 瞽女さん達の精神を今見つめなおすことは、現代の日本人が忘れてしまった心の原風景を取り戻すことになると思うのです。 全編に流れる、瞽女門付唄や瞽女三味線の音色とともに、現代日本が、繁栄のうちに無くしてしまった何かが見つかるの ではないか…と。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| サイトTOPへもどる |