― 劇団プロフィール ―
| 劇団文化座は戦時下の1942(昭和17)年2月、井上正夫演劇道場のメンバーであった演出家の故佐佐木隆、女優の故鈴木光枝らによって結成され、同年4月第1回公演梅本重信作「武蔵野」で旗揚げした。1945年、日本の現代演劇を紹介する目的で旧満州(中国東北部)に渡り、そこで敗戦を迎えた。
またその一方で絶えず新たな題材、舞台表現にも挑戦している。明治・大正・昭和を女医のパイオニアとして闊達に生きた女性の一代記「ほにほに、おなご医者」(志賀かう子原作)、ロックに青春を燃やした高校生たちに光をあてた「青春デンデケデケデケ」(芦原すなお原作)、盲目の女旅芸人の生き方を通して日本社会の特質を見つめた「瞽女さ、きてくんない」(斎藤真一「越後瞽女日記」より」)、二度の世界大戦によって引き裂かれながらも絆を保ちつづけた家族を描いた「遠い花 −汝が名はピーチ・ブロッサム」(八木柊一郎作)などは、それぞれ全国公演を果たし、各地にて高い評価を得ている。 現代表の佐々木愛は舞台女優として円熟の域に達し、劇団を背負って立っている。中堅若手の成長も著しく劇団の層も厚くなり、創立70周年を目指し、定評のあるアンサンブルは益々磨きがかかっている。 |
― 代表より ―
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私達文化座は、かつて田端文士村と呼ばれた、北区田端の一隅にアトリエを構え、 全国に向けて演劇を発信する小さな劇団です。 2007年、前代表 鈴木光枝が旅立ち、メンバーは全て第二世代となりましたが、 創造の理念はそのまま引き継いでおります。 私達の生きている日本が、いえ世界が、平和で差別の無いものである事を願い、 演劇を通して、”日本、及び日本人”を見つめていきたいと考えております。 代表 佐々木 愛(ささき あい) |
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佐々木愛プロフィール 1943年(昭和18年)、演出家・佐佐木隆、女優・鈴木光枝の一女として東京に生まれる。 私立和光学園高校を卒業後、劇団文化座に入座。初舞台は1961年(昭和36年)、山代巴作「荷車の歌」の孫娘。 1963年(昭和38年)長塚節作「土」のおつぎ役で一躍女優としての評価を高める。 1978年(昭和58年)、山崎朋子原作「サンダカン八番娼館」で文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 1982年度には水上勉作、木村光一演出「越後つついし親不知」のおしんの演技に対し紀伊國屋演劇賞を受賞。 1990年以降、鈴木光枝の代表作「荷車の歌」のセキ役を受け継ぎ、各地鑑賞会で女優賞、演技賞を受賞。 最近作には、「瞽女さ、きてくんない」「いろはに金米糖」「遠い花」 「あの人は帰ってこなかった」「天国までの百マイル」「二人の老女の伝説」などがある。 テレビでは、1994年NHK「雪」、テレビ東京「こころ」などで好評を得ている。 1987年鈴木光枝に代わり劇団代表に。 現在、日本劇団協議会理事、新劇俳優協会理事、日中文化交流協会常任理事などを務める。 著書に「劇場のそとで」「愛、夢ばなし」(教育史料出版刊)がある。 |
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― 受賞歴 ―
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年度
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受賞
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作品・個人
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1958年
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昭和33年度文部省芸術祭団体奨励賞
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「炎の人ーゴッホ小伝」
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1976年
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昭和50年度芸術祭優秀賞(企画・演出)
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「三人の花嫁」で鈴木光枝
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1977年
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昭和51年度文化庁芸術祭優秀賞
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「荷車の歌」ヒナ役で新井悦子
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1978年
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昭和53年度文化庁芸術祭優秀賞
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「サンダカン八番娼館」芳子・サキ役で佐々木愛
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1982年
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昭和57年度文化庁芸術祭大賞
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「越後つついし親不知」
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第17回紀伊国屋演劇賞(主演賞)
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「越後つついし親不知」佐々木愛
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紫綬褒章受賞
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鈴木光枝
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1985年
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85年度種田賞(私の好きな芝居賞)
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「おりき」
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1991年
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勲四等宝冠章受賞
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鈴木光枝
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1998年
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下町人間庶民文化賞受賞
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鈴木光枝
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― 上演年表 ―
上演年表一覧はこちら(工事中)
― アトリエへのアクセス ―
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劇団アクセス 〒114−0014 東京都北区田端3−22−12 劇団文化座 TEL 03−3828−2216 / IPTEL 050−3721−3146 / FAX 03−3828−2260 Eメールアドレス webmaster@bunkaza.com |
田端より
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駒込より
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